ビスケット談議

  • 2011/02/28(月) 11:11:19

1855年【安政2年】2月28日
パンの製法を学ぶために長崎に留学していた
水戸藩士である、江戸時代の蘭学者の医師・柴田方庵が
オランダ人から学んだパン・ビスケットの製法を記した
【パン・ビスコイト製法書】と言うモノを
同じ藩の萩信之助に送ったのがビスケットの製法を記した
日本初の文書とされているそうだじょ
この柴田方庵医師とは、日本で初めて牛痘の接種を行った1人であり
またビスケットゆかりの人物としても有名!!

ビスケットの語源はラテン語だとかフランス語だとかって言われていますが
『2度焼かれたもの』という意味から、『に(2)どや(8)かれたもの』との
語呂合せの意味も含めて2月28日はビスケットdayなんだじょ

そして穴のない柔らかいモノは 『ソフトビスケット』
穴が開いていてサクサク食感モノは 『ハードビスケット』
と呼ばれて、一応区別されている
使っている小麦粉の種類によって焼き加減が違ってくるそうだじょ。

実は、ヨーロッパから日本に小麦粉を焼いたお菓子が紹介された時に
ビスケットと呼ばれ、アメリカから小麦粉を焼いたお菓子が紹介された時に
クッキーと呼ばれた事がきっかけで2つの名前が誕生してしまったそうだじょ。

ほとんど同じモノなのにビスケットとクッキーとは名前が違う。
日本国内では定義があって。。。
ビスケットは、小麦粉・糖類・油脂を主原料にして焼いたモノで
クッキーは、手作り風外観で糖分・脂肪分の合計が全体の40%以上と
決められているんですって
これは日本国内だけの区別で海外では全くもって関係なく呼ばれている。



ちなみに、おてきちはクッキーにチョコレートが掛かっているのがスキで
普段は珈琲党なのですが、この時ばかりは紅茶にスイッチを切り替えて
ターザンチェックいや違った失敬
タータンチェックの巻きスカートに着替えて気分を盛り上げる!!
これ常識あるね

だけど安政2年頃だと、安政の大獄の3年前ってことだよなぁ。。。
幕府の弾圧が起こる前に、このような美味しいビスケットが手に入っていれば
皆、世の中は平和だったかも知れないじょ

亀山焼

  • 2011/02/27(日) 00:00:39

ここへ来て初めて知った亀山焼
亀山と言えば、世界の亀山モデルしか知らなかった・・・。
しかも、ここにはもうひとつ有名な亀山社中がある。
亀山社中とは日本発のカンパニー
カンパニーと言っても競走馬ではない。
幕末に、土佐藩脱藩浪士である坂本龍馬が中心となり
結成した海援隊とは貿易を営む人の集まりである。
1865年〜1868年の3年余りに渡り貿易会社として活動していた。
また小曽根一族の援助により長崎の亀山において
その前身となった亀山社中が結成され、グラバー商会と銃器の取引を開始し
藩に銃器などを卸したりしていたそうですね・・・。
ちなみに『亀山の白袴』と言われるようなユニフォームを着て
談合?などは行われていたそうだじょ(ホンマかいな・・・。)

      

とりあえず長崎は丘の上を目指して、ひたすら坂道を登る・・・。
そして目の前に現れるのは、必ず階段!!
それも曲がりくねっているので、終わりが見えない。
まるで人生のように果てしない坂道と階段・・・。
その繰り返しが終盤を迎えたとしても、佇む足元はやはり傾斜斜面

      

だから、このようにして犬や猫たちも日々、苦労の連続のようだ。
だけど運動量の割にはナイスバディ?だじょ・・・。

      

そしてやっと発見致しましたよ!!
かなり階段を登った亀山社中の場所から、まだ上へと登った所に
1807年頃実在していたとされる、今では幻の亀山焼とも言われている
美しい南画風の染付けの焼物・・・。
このようにして公民館の表にあるショーウィンドには、数々の亀山焼の陶片や
ハマと呼ばれる焼成する際に窯を傷めない為の
釉薬ダレを予防する役目として活躍した器を乗せて焼く為の受け皿のような
モノまでが、しっかりと展示され保存されていた。
おてきちは陶片がスキだ
欠片になっても、まだ生命力の漲っている凜とした姿にホレボレとする・・・。

      

行きは登るだけで必死だったもので、後ろを振り返る余裕もなく
帰り道にふと遠くの景色を眺めてみたら。。。
まさに、これこそが長崎の風景を語るには、ふさわしい眺めのいい場所だと
レンズをズームにしたその先に見たモノとは
な、なんと【おすわさん】ではありませんか?!
あの急勾配の階段には、確かに見覚えがあるじょ!!
そうだったのか・・・。
ここ若宮稲荷神社と諏訪神社とは、真正面に位置しているんだ・・・。
このように両方から発せられる未知の偉大なるお宝パワーを感じて
亀山焼の窯跡を密かに物色しながら、転んでも無料では起きない

『旅は道連れ世は情け』
そんな慈善事業をし励まし合っている場合ではない!!
私欲の深さに溺れ、陶片に混じって埋もれられるのなら本望さっ
少々クレイジーな、おてきちは長崎弁を学ぼうと努力するのだが。。。
なかなか思うように話せない苛立ちから、危険な芽吹きの気配を漂わせつつ。。。
まだ達成出来ていない目標に向って、立ち向かう北辰一刀流おてきちだじょ〜。

鎮西大社

  • 2011/02/26(土) 00:10:33

おすわさんと呼ばれ親しまれている諏訪神社
おてきちは正直、祭事はどちらかと言えばスキではない。
だけど、ここ『おすわさん』では、毎年10月7日〜10月9日までの間
国の重要無形民俗文化財に指定されている祭事【長崎くんち】が
執り行われていて、その中で行われるオランダ漫才と言う出し物?が
とりあえず、とっても大好きなんだじょ

      
 
DVDで初めて観て、何故かものスゴク心打たれて
ここ長崎の地まで遥々出向いて来てしまった・・・。
何が、そんなにスゴイのか?!
と訪ねられても、かなり困る話なのですが。。。
まず、おてきち的見方で長崎くんちのおもしろベスト3を
簡単にご紹介致しますとぉ〜
.ランダ漫才
⇔桐戮蠅了の音楽
7澆猟吹き
すこぶる簡単な説明しか出来ないのは実際に、くんちを見た訳ではないので
そこんところは申し訳なかとですが・・・。

      

大きな御輿を大人数で勢い良く回転させたり、大きな御輿を空に投げて
受け止めたり、狭い場所での方向転換をさせる技こそが豪快で迫力があって
それだけで緊張感のあまり鼻血が出そぉ〜
おてきちが思うのには、とても狭い壇上で執り行われているからこそ
妙に変にハイテンションになってしまうのだろう・・・。
そのように分析している訳ですが 

ちなみに、その長崎くんちが執り行われている場所の写真が
一番右上の普段は駐車場になっている、色が変っている中央の敷石部分の
たったあれだけの狭い敷地内で山車を引き回すんですよ!!
その山車も船の形をしたモノがあったりして見応えバツグン
一度、生で観てみたい・・・。

      

それにパワースポットのような場所が、境内の奥へ進んで行くと
いっぱいあって何よりも驚くのは狛犬の数・・・。
この上の写真は、高麗犬(こまいぬ)の井戸・銭洗い狛犬
名水としても評判が高く、この井戸水でお金を洗うと倍増するんだって
甘く香り漂う清浄水として史書にも記されているらしく
お茶用の水として最適だと訪ねる民人がいるくらいだそうだじょ!!

      

出ましたよぉ〜
こちらの狛犬?
実は蛭子社に祀られているカッパ狛犬
池は昔から『川伯(かわはく)の井戸』と呼ばれており
カッパが住むと伝えられ、頭に皿のある狛犬が池の前には置かれている。
水を掛けて『水上安全』や『水泳上達』など祈る風習があるそうだじょ
だけど左の写真の池の色ですが。。。
入浴剤でも入れてあるのかと思うほどにスカイブルーだったじょ。

それにしても他にも狛犬がわんさと存在する、狛犬マニアには必見の神社
おすわさん巡りは、梅の芳香と共に記憶の中に封じ込めておこう
そんな長崎くんちまで、あと7ヶ月とわずか・・・。

君子の戦い

  • 2011/02/25(金) 00:00:13

長崎と唐寺・・・。
世の常でしょうか・・・。
不必要な情けや哀れみをかけた為に斬らずして返り血?を浴びる。
【宋の襄公の仁義】
中国、春秋時代に宋の襄公茲父(じほ)が、楚(そ)との戦いの時に
『相手方(楚)の陣形が整わない今のうちに先制攻撃をかけようぞ!!』
という公子目夷(もくい)の言い分に対して
『君子は人が困っている時に苦しめてはならない・・・。』
といって義を貫き通し、退けた結果、ついに楚に敗れてしまった事を
世人が【宋襄の仁】と言って笑ったと伝えられる『十八史略』の故事

       

その十八史略とは、三皇五帝の伝説の時代〜南宋滅亡期までを綴った
歴史書で、日本には室町初期に伝来したと言われている。
十八史略がメジャーになり出したのは明治に入ってからで
学校での東洋史のテキストとして十八史略が使われたそうだじょ。。。
一時は爆発的な流行となったそうですが、東洋史の新たな通読書が登場して
ブームも下火となり、その後は時代とともに歴史書としてではなく
経営者・ビジネスマン向けの、『人生哲学』を読み取るバイブルのようなモノとして
十八史略が語られる事が多くなったそうだじょ 

      

そんな中国の歴史でいうと、明の末期〜清の初期の南支建築様式を
そのまま輸入したもので、日本では他に類例がないとされる
こちらの寺院は、黄檗宗の崇福寺
おてきちは、あまりこのような唐寺は好みではないので
どうしても撮影のポイントが巧く絞れない・・・。
なので、ランタン前とランタン真っ最中!!
その比較でご覧頂ければ面白いかと思って対照的にアップしてみたじょ

      

まさに明と暗。。。
勝利と敗北・・・。
常に人生における戦いとは、背中合わせの隣人との共存なのかも。。。知れない。

春節祭

  • 2011/02/24(木) 12:46:08

長崎在住の華僑の人々が、中国の旧正月を祝うための行事として始めたもので
新地にある中華街を中心に行なわれていたそうですが
平成6年から規模を拡大して、今では長崎の冬を彩る 一大風物詩となっていて
地方から訪れる観光客も、年々増加しているそうだじょ

 
      

しかも約15,000個にも及ぶランタン【中国提灯】の鮮やかな彩りが
春風に揺られて闇夜に浮かぶ姿は、まさに大海に浮かぶ漁り火のようにも
見えて、とても幻想的でしたね・・・。

また、イベント会場には中国の縁結びの神様とされる「月下老人」たちや
喜ばしい事があると出現すると言われる、古代中国で考えられていた想像上の生き物
である「鳳凰」や、中国にまつわるオブジェが勢揃いしていて、それは圧倒される代物でした。
そのほか各会場では龍踊り、中国雑技、中国獅子舞など中国ムード一色の
豊かなイベントが15日間に渡って繰り広げられているそうですね!! 

      

おてきちは初めて見た、この春節祭。。。
まるで上海ハニー(オレンジレンジ)が聴こえてきそうな気分?で
今でも走馬灯のように、怪しげな灯りがボンヤリと夜になると
目の前に現れては、幻のように残像として揺れている・・・。
そんな赤とも朱ともオレンジとも言えない、夕陽のような色彩の
ランタンフェスティバルでした

      

そして、この中島川に架かる日本最古の眼鏡橋の周辺でも
このように白鳥と蓮とのコラボでもって演出されており
川面に映るランタンの灯りが、眼鏡橋を古の世界へと引き戻すかのようにして
際立たせているのが、おてきちには印象的でしたね・・・。

昼間に見るこの中島川には、何と緋鯉や真鯉が泳いでいるのには驚きましたが
実は、正直言って、もしかして運が良ければカッパに出会えるかも〜!!
そのような淡い期待を抱いて歩いた中島川の路地裏・・・。
今回は残念でしたが、またいつの日か偶然の出会いが訪れるやも知れません。
その日まで、少しはカッパ語を話せるように学んでおかなくてはイケませんな!!

富士山

  • 2011/02/23(水) 12:13:21

語呂合わせから、山梨県富士河口湖町が2001年に制定され
静岡県も世界文化遺産登録運動を盛り上げようと2009年に条例化し
『富士山を後世に引き継ぐことを期する日』
と制定されたそうだじょ・・・。



おてきちの家の床の間に、今年飾られた軸は一富士二鷹三茄子
最近、手に入れて嬉しいモノで早速飾ったのですが。。。

ここからは、あえて想像して下さいませ

軸の上の方には水墨画ふうの富士山が、少し棚引く雲が裾野に描かれていて
中央下には春挙の描くような、リアルで太い松の幹が横へ迫出しており
その幹の上には富士山と、ほぼ大きさが同じくらいの羽を広げた
鋭い眼つきをした一羽の鷹が獲物を探してこちらを睨んでいる様子・・・。
だけど、もうひとつ肝心な茄子が、どこを探しても見付からないのです!!
オカシイ。。。
もしかすると、この軸はあぶり出し???
いやぁ〜、そのような勇気は流石のおてきちとて持ち合わせていないじょ
うぅ・・・む。
ここからはおてきち和尚のトンチの世界

整いましたぁ〜
これはこれは、この鷹の眼つきを見れば自ずと答えは見付かりましたです。
それは、この鷹のお腹の中に茄子が入っているという話でしょう
これぞ見えないモノを見抜く力!!第三の目の眼力というモノだじょ
そんな風にして軸を眺めていると、母上から一言。。。

『これは富士山は、ひとつあるけど・・・。なんで鷹は一羽なんや?
二鷹やのに変やねぇ〜?!それに茄子も三個ないし、掴まされて買ったの違う?』
・・・・・。
さすが、おてきちの母上だけの事はある
まともに1本取られた母上の落ちに、なんだか訳が分からずに
暫し無言のまま軸を眺める、そんな富士山の日

托鉢無上

  • 2011/02/15(火) 00:11:45

福井県にある明通寺
この寺に足を運ぶのは3回目・・・。
なぜか結構、この階段から眺める感じが室生寺にも似ているのと
こういう眺めでご対面出来る寺がおてきちは気に入っている。

      

ただ気に入らない事も無いワケではない。
それは、朱印帖が貼り紙式だと言う事だ。
だいたい朱印帖を窓口で始めに渡した段階で、手描きか貼り紙なのかを
親切な寺では、しっかりと教えて下さる。
なのに、ここは若すぎる女性に手渡ししてお願いした
おてきち自身が未熟者だったのですが。。。
寺内を歩いて戻って来て、手渡された御朱印帖を開いて見てビックリ!!
『あぁ。。。無情。。。』
なんてこった、テラコッタ〜!!
せっかく今まで一生懸命に手描きのみを確認してスタンプラリーしてきたのに
このたった1枚のコラージュされたページのせいで、今までのガマンが。。。
そう思うと悔しさが込み上げて来たのですが・・・。
いや、これも良い思い出。

【人生、常に確認を怠らずべし】

そう自分に言い聞かせて、帰ろうと思ったのですが、おてきちはやはり気になる事は
なおざりにして帰ることが出来ません。
なので再度、本堂へ向かい、その中へ入って和尚さまにお訪ね致しました。
『この本堂で焚かれているお線香はどちらのものでしょうか?』
すると親切な和尚さまは、奥の引き出しから出して来て箱書きを見せて下さいました。
早速、帰っておてきちは調べて同じモノを取り寄せて気分は上々!!
線香を取り寄せるっていうのも、最近流行のお取り寄せ便とは
ちと内容が違いはしますがね!!
でも転んでもタダでは起きない。
人生は勢いだじょ〜!!
そんな寺巡りを何年していても、修行が出来ない俗世間色メラメラのおてきち・・・。

      

そして懲りもせずに、また旅路に明日から出掛けます。
この旅は、己を知る最後の無常旅となることでしょう・・・。
おてきちは多くの脱皮を繰り返して立派なイモムシになるんだじょ〜!!