ハレの日

  • 2011/10/10(月) 23:59:18

ハレの日にふさわしい秋晴れの中、大津祭を迎える事が出来て良かった・・・。
この祭りを支えている人々の思いは、ひと言では言い尽くせないような
熱くて深い、それぞれの多くのドラマがありました。
この町に住んでいない、おてきちにも当日の本祭りに最初から最後まで
参加させて頂いた事に、感慨深い思いでいっぱいでした・・・。
毎年、見て来た表舞台の祭りの意味合いとは全く違った大津祭の舞台裏を
体験させて頂けた、この恵まれた環境に心より感謝を申し上げます

        

そして今年は、大津祭が始まって以来の試みがあって。。。
本祭りの前日である宵宮の朝1番に、狸山から少し東へ行った場所にある
近江度量衡といって大津発祥の計量器メーカーの協力で、曳山の総重量を量る!!
という誰もが予測でしか分からない、未知数を求めていざ突入!!
そんな歴史的瞬間に、おてきちは立ち合う事が出来たのです
上の写真にあるような体重計に、この巨大な曳山を乗っけて量る・・・。
その測定結果は来秋の祭りまで非公開とし、曳山の重量当てクイズにするそうだじょ
ちなみに狸山の重量は、おてきちが想像していたよりも軽かったじょ。

        

狸山のからくり (所望) は、左側の写真中央に写っている西行法師が
京都西山にある自分の庵にて、ひとり静かに花見をしようと花見禁制にした所
そこへ都人たちが花見見物にやって来ました。
それらを戒めようとしたところ、その夜、夢の中に花の精が老翁の姿で現れ
西行法師と花の精とが、古木の先端と奥とで向き合って問答し合っている。
そういうストーリーの、からくりでそれが終わると最後に桜吹雪が舞うんですネ〜!!
手前の人は都人ですよ。

でも、よく見ると背後のタヌキも合わせて3人ともファンキーなダンスでも
踊っていそうなポーズに写ってませんかね
そして後ろに掛かっているのは、中島来章の初代の天井絵だそうですが
ここに描かれているタヌキをモデルに、着流しの衣装には1枚1枚手描きで
真似て描かれたモノだそうですね。

        

そしてコレですよ!!
400年ほど前の慶長年間に、大津祭の仕掛け人でもあったこの鍛冶屋町の
塩売治兵衛さんが、このお面をかぶって踊った事から始まったと言われる
証拠のお面は
右側は、桜の精であるからくりの老翁です。優しそうなお顔でしょ?
まず、こんなにアップで観られるのはないでしょうね・・・。 

             

また宵宮には神功皇后山で、このような献灯が灯されていました。
あれからもう7ヶ月が過ぎようとしているんだなぁ・・・。
この灯を眺めながら、あの震災はまだ今年の春の出来事だったんだ。
と改めて思い起こしながら、祭り気分の中にも日本全土の復興を願う気持ちで
胸が熱くなりました。

暗闇の中の灯火は、どの灯りを見ても同じように明るい・・・。
でも同じ灯りでも、周囲を囲われている提灯の灯りもあれば
このように囲いのない、風が吹けば消えてしまいそうなロウソクの灯りもある。
まさに今の日本のようだ。
そんな不安な日々を過ごす事のない未来を、自分たちの手で築いていかなければ
津波ばかりでなく、暗闇の世界にまで吞み込まれてしまう・・・。
この先、日本のワット数を上げるには若い人の力が絶対に必要だじょ!!
そんな色んな意味で今回のこの経験は、おてきちにとって心の宝物となりました。